本帖最后由 凌云志久 于 2024-11-14 15:13 编辑
至古以来弓道中关于射法有所谓的「五味七道(Gomi-Shichidō)」存在,又亦有着「十二教」「五法」等说法。现今的「射法八节」是由「七道」再加上「残身」后所构成的。
「七道」:足蹈、胴造、弓構、打起、引取、会、離れ。 「五味」:「足踏」「胴造」為一味,「弓構」「打起」為二味,「引取」為三味,「会」為四味,「離れ」為五味。 「十二教」:「足踏」、「胴造」、「弓構」、「手の内」、「掛け」、「物見」、「澄」、「打起」、「引込」、「矢道」、 「持満」、「発」。 「五法」:審、彀、勻、輕、注(出自:高穎『武經射學正宗』)
『射学正宗』是日本江户时代东传日本的,当时日本的著名学者荻生徂來(20200521 感谢网友“之”的指正)将包括『射学正宗』在内的多种中国射书引入日本,并汇刻成一部叫做『射学类聚国字解』的射学从书,从而对日本弓道产生了深远影响。我们在弓道的图像资料中还发现,许多弓道场的射靶中间,总是写有一個 「鹄」字,这无疑来自中国古代,孔子说:「射有似乎君子;失诸正鹄,反求诸其身」。这里的「正鹄」就是射箭用的标靶。
在此同时附上「七道」原文供各位读者参考
(足蹈の事)
目中(めあて)に用口傳(くでん)又は蜘蛛(ちちゅう)の尺(かね)と云心は蜘(ち)の家を作らんとて追風を請て向の木にと雲にも目を付て吹付らるる義(よし)也闇夜のかねと云も同し口傳也 (弓搆の事)
目中に用墨指と云心は矢をはめて弓と矢と擧と三つの中程に目中をする也伹遠近(おんごん)に替有主(うしゅ)の骨法に依て弓の立所に口傳是あり (胴造之事)
目中に用日月身と云心ハ我は大日如來とおもふヘし何處に恐る者もなき様に心をゆるりと筋骨も延ひやかに如何にも慮外成躰になし馬に乘眞の鞍の内の如し身形しんぎょうをけたかくゆくやかにして吉立ても居ても同心そ本もとより震搖矢藏にても又は船中にても用そ猶口傳灌頂の卷に有之也 目中に用口傳烏莵の梯と云心ハ烏はからす莵はうさき也弓舉を烏と云掛擧を莵と云故に矢を掛橋と名付けり左右直成を掛合とは云儀也矢筈上下に口傳有之也
歌に
打渡す烏莵の掛橋直なれと (うちわたす うとのかけはし すぐなれど)
引渡すには反橋そよき (ひきわたすには そりはしぞよき)
弓に二度の反橋と云に直の反橋是也口傳万々有之也 (打起の事)
目中に用弦道と云心は時の手の裏に何れにても相應の掛にて弦道を造るへし剛の弓懐掛の弦道と云て又爰ここに猿臂の射とて大事の重有也則日本記明衡徃來(めいごうおうらい)と云書物に露也是ハ弓懐に口傳多是に附て弓懐弦道に様々の口傳强有之熊灌頂の卷殘子細は弓誠學なれは不被成義也不被成事を爰に云ては誠弟僞と思故也 (會の事)
大事の口傳也
一文字 惠(え) 休(く) 善(ぜん) 力(りき) 口傳大事也 十文字 此十文字は惣躰にも口傳有之誥の十文字共云儀也 (離の事)
目中に用四部の離と云心は四所に有そ先條の五部の誥を一所を楔と心得て四を石火の如く出に離を四部離そ是は惣分の離そ又爰に
切(せつ) 拂(ほつ) 別(べつ) 券(けん)
此四つに口傳有之皆了簡(りょうけん)の離そ鸚鵡と云は掛の離也此鸚鵡に四つの字の心を付て用事種々様々口傳有之此次に未來身と云事有之扠社さてこそ父母の収り未來身とて離の前と離ての後との骨法を能々心に知る事肝要なり口傳有是是七道の七重とて大事の重そ大形は是を頂上共可心得儀也
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